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    日日の行事

曹洞宗・大覚寺・末益泰輝


 先日、父であり師匠である先代住職の法事を勤めました。

 この度はコロナ禍ということで、参列した親族も僅かではありましたが、

 先代が大変お世話になっていたご住職様に、懇ろに勤めて頂きました。

 父である師匠の法事ともなると、やはり思いは一入(ひとしお)です。

 毎朝、お香を供えお経を読み、名前を唱えて供養しているはずなのに、やはりいつもとは違った感慨が湧いてきます。

 法事を営むにあたり、本堂の掃除や仏具などの準備をする時。

 読経の中、祀られたお位牌や写真をじっくりと拝み、焼香する時。

 無事に法事を終え、お祀りしたお位牌や写真を元の場所に収める時。

 準備から片付け終わるまでの間、在りし日の姿を偲ぶ、と申しましょうか。

 一緒に法務を勤めたこと、喜んだこと、悲しんだこと、一つ一つが思い出された次第です。
 
 さて、曹洞宗の開祖・道元禅師様は、仏様への報恩感謝の道すじについて、

 「唯当に(ただまさに)、日日の行持、其(その)報謝の正道なるべし。」とお示しになりました。

 「日日の行持」とは、日々、仏様の教えに従って務める私の姿。「報謝」は、ご恩と感謝に報いることを示します。

 亡き人への供養やご恩に報いるには、それぞれの想いや形があると思いますが、

 このお示しに学ぶ時、先ずは日々、自分自身に与えられた務めを真心をもって果たす姿が大事であると受け止めるのです。

 これからまた、歴代ご住職や師匠に安心して頂けるような日送りをしなければと、思いを新たにしたところです。