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          帰家穏坐(きけおんざ)

曹洞宗・大覚寺・末益泰輝


 暑い日が続きます。皆様如何お過ごしでしょうか。

 実は法話を書いておりますのは8月3日なのですが、この数日、お盆の準備と思しき檀信徒の方がお花やお水を抱えてお墓掃除に来られます。
 
 今年は日中が大変暑いので、朝早い時間にお見えになる方が多いのですが、それでも7時半から8時ごろには気温がグンと上がります。蝉の鳴き声を聞きながら、皆さん

汗だくになって草を刈り、お墓を掃除。一段落の後、花を替え、お水を潅ぎ、最後にお線香をお供えして帰られていきますが、お墓が綺麗になったのと、「これでお盆を迎えられる。」という安堵の気持ちからか、そのお顔は何ともいえない清々しさと安らぎに満ちているようです。きっとお盆にはお揃いでお参りされることでしょう。

 ふと「帰家穏坐」という言葉を思い出しました。「家に帰りて穏坐す〜帰るべきところに帰る安らぎ。自分の『仏性(仏の真心)』に目覚める悦び」のことです。
 
 例えるなら、観光旅行に出かけ、素晴らしいホテルや旅館で楽しいひと時を過ごすも、沢山のお土産と若干の疲労とを持って我が家に帰り着き、ソファーや床に腰をおろし

、「やっぱり我が家が一番」と感じるあの安らぎです。

 或いは、お盆ということで申し上げれば、離れて暮らすご家族、息子さん娘さんが、帰省ラッシュを乗り越え、自宅に辿り着き、一息ついたあの瞬間の心地といって良いでしょう。

 どこに行こうと、どこに迷おうと、本来いるべき所、帰るべき所が一番安心できるのです。
 
 ご先祖をお迎えし、ご供養申し上げ、お見送りするこのお盆が、お揃いでのご供養やお参り、団欒を通して、亡くなった方と今生きている私たち共々の「帰家穏坐」となることを念じてやみません。

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