笠地蔵のラストシーン。覚えていらっしゃいますか?
「よいしょ、どっこいしょ」と聞こえてくるのでお爺さんとお婆さんがでてみたら、なんと縁側に銭だの米だのいっぱい積んでありました。お陰でお正月を目出度く迎えることが出来ました、と言うお話です。
良いことすれば必ず良い結果が得られ、悪いことをすれば必ず悪いことに成るよ、と言うお話です。
しかし、良いことの中々出来ない自分のことを考えると、今少し何か納得のいかないものを感じます。
お爺さんが売れなかった菅笠をお地蔵様に懸ける場面があります。
菅笠が一つ足りなくて、被っていた手拭いを「あーお気の毒に」と懸けてあげるのです。
仏様とお爺さんが一つの心になった瞬間です。
私はしばらく、ここがこのお話の一番大事な場面だと理解していました。
だから少しでも仏様を身近に感じ、仏様の心を我が心とさせて頂きますようにと、念じてもきたのです。
ある日どこからか「はあ、ええことしたなす」と言う声が聞こえてきました。あのお婆さんの声です。
今までお爺さんを目標に生きてきましたからお婆さんのことをすっかり忘れていました。
「貴方良いことされましたね」と言うお婆さんの一言。
この一言がなかったらどのようなお話の展開に成っていたのでしょう?ケンカの一つ、あったかもしれません。
お婆さんの一言に、人の喜びが喜べる、おおらかな、素直な心に感動しています。
自分では何の良いことも出来ない私でも、その行いを讃えることで共にその喜びが味わえる。その喜びが私の喜びとなるのです。
お婆さんの心を讃えることで、私も又新年のすがすがしい心になっています。