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          今の常識、昔と同じ?

曹洞宗 大応寺副 松原正浩)


         

 お盆も過ぎ9月に入り、朝晩とだいぶ涼しくなってきました。こんな寒暖の差の激しい時期が1番体調を崩しやすいと思いますので、お互いに注意しましょう。

 さて、お盆・お彼岸と続くこの時期は、1年で1番ご先祖様のことを意識する時期かもしれませんが、みなさんはどうですか。

ご家庭の中でご先祖様について話し合ってみる良い機会だと思います。お食事の後のちょっとした時間、1番身近な人の思い出などをちょっと話してみたら。そうしたちょっとしたことから始めてみたらどうでしょう。

 最近はまた一段と自己中心的な考え方による事件、事故等が増えてきたように思います。何事も自分さえ良ければ、という考え方をする人が増えてきたということでしょう。

それに伴って、こういう会話をよく耳にするようになりました。「最近、常識が常識でなくなった」という会話です。広辞苑によると常識とは「普通一般人の有し、または有すべき標準知力。専門知識でない一般的知識と共に理解力・判断力・思慮分別などを含む」となっています。

つまり、誰もがみんな知っていることでないと、常識とは言えないのです。例えば、バスや電車でお年寄りや体の不自由な人に席を譲るということは、常識の1つだと思いますがみなさんどうでしょう。

しかし最近、知っているのか知らないのか判りませんが、譲る人が少なくなってきたようです。そうなるとこれはもはや常識とは言えないということになります。

常識とは、昔から家庭内の会話の中で自然と教え、受け継がれてきたものだと思います。顔の見えない会話が多くなってきた今こそ、相手の顔を見ながらの会話が必要だと思います。


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