児玉親臣 コダマチカオミ


[略歴](1832-1906)通称小民部、萩藩寄組士、飯田小右衛門の次男として生まれたが、児玉親恒の養嗣子となる、元治元年遊撃隊総轄として上京し、禁門の変で敗れて帰郷、同三年に村田清風の尊聖堂を復興し向山塾を創設した、明治三十九年没。